此処に座る事、―――彼是。
それ以前に
時間の感覚などとうに失っていた。
「…あちっ」
払い損ねた煙草の灰が指の先を焼くのに、カカシは漸く止まっていた時間を吹き返した。
はて、此処は何処だったかとあやふやな記憶に触れながら凍り付いて凝り固まった肩を回す。凝っていたのも判らなかった程の酷い健忘だ。
短く燃え尽きた吸殻を捨てようと目を向けた灰皿は、同じようにフィルターを焼いたものが山と積み重なっている。
日中の日差しに温まっていた部屋はいつの間にかその空気を冷やし、ガラス戸から見える透明な冷気を感じて急に寒さを覚えた。
やっと時計を見る気になったカカシは、今の時刻と自分の感覚の誤差に呆然とする。
確かこの部屋に入ったのは昼過ぎ直ぐだった筈。
ふう、と意味深い溜息を吐いて思考が正常化される。
その時、
カカシの脳裏に持ち上がってきた映像は、もう何度も何度も飽きる程リピートされているまだ生々しい夕べの記憶だった。
『―――アンタのそういう所が…もううんざりなんだよ!』
叩き落とされる腕の向こう
怒りに顔を戦慄かせた少年は強く自分を睨み付け、ふいと背を向けた。
何度問い質しても教えて貰えない理由がもどかしく、出て行く後姿を追いかけようと前進するが「着いて来たら別れる」と脅されて其処までだ。
幼稚な脅し文句だと思いながらも何処まで本気か計り知れない相手の態度に強気に出られない。
これが惚れた弱みというものかと浮かんだ頭は現況に吊り合わない冷静さに澱んでいた。
カカシの手は無意識にまた次の煙草に火をつけていた。
この調子でもう数時間。
灰皿の脇には、中を空にした箱の残骸が二つ、くしゃりと握り潰されて並んでいる。
カカシは自分の殻に閉じ籠るように口元の煙草越しに手で唇を覆うと、また、すうっと大きく有害な煙を肺に送り込んだ。
サスケは煙草の匂いが嫌いだ。
口に出して直接言われた事こそないが、何分あの少年は気持ちいい程態度に出る。
付き合い始めた頃はよく煙草の煙る指で顔を撫でると覿面に鼻皺を寄せ、特に煙を受けた前髪を嫌がるサスケを面白がりながら、新鮮な思いでそれを観察していた。
煙草も酒もセックスも慣れきった女共ばかり相手にしてきたから、そんな可愛い反応が嬉しくて仕方ない。
何れそれも慣れて来たのか、
あれだけ顕著だったサスケの煙草への嫌悪は口付けを受ける時に僅かに苦そうな表情を浮かべるだけに止まるようになった。
逆に、あのつるりとした薄い舌が健気にもそれを厭わず懸命に自分の口内に蠢く様に、カカシの方が自責に駆られるようになっていった。
これでは副煙こそ浴びせなくとも、
自分とのキスだけで、可愛いサスケが此方の好きで吸ったニコチンを間接吸収する事になる。
それ以来、カカシは極力喫煙を控えている。
隠れて吸っても結果は同じだと考えると、自然と絶対本数も減った。
これは今まで禁煙を試みようとした事さえなかったカカシにとって、飛躍的生活改善かもしれない。
だが、別にそれを恩着せがましくサスケに知らせるような事はしていないので、サスケがそんなカカシのささやかな愛情を知っているかどうかは別問題だ。
そんな苦労と努力を経て煙草の本数を減らしたカカシが今日、久々に煙草に逃げるのは理由がある。
カカシは考え事に迷い込むと、昔から煙草に伸びる手が増えてしまう困った癖があった。
ぷかりと一服やっているうちに考えは纏まるかどうでもよくなるかのどちらかに傾く。
だが、特に今日の敵はなかなかしぶといようだ。
(…………だって、…『そういう所』って何)
カカシの巡り巡る頭には、もう何度も繰り返される夕べのサスケの捨て台詞がこだましていた。
其処までに至る手前、何かあったかと振り返ってみても全く見当がつかない。
夕べのサスケは帰ってくるなりむっつりとしていて、何を話しても聞く耳を持たないといった感じだった。
数度愛想文句で気を引こうと試みたが、直りそうも無い機嫌に少しそっとしておいてやろうと思った途端に切れ始めた。
宥める程にサスケは暴れ、カカシの腕を振り払って出て行ってから、
今日は朝から今年最後の召集で顔も合わせられず、それきりになっている。
(…あーあ、もう。…ゲンマにでも頼もうかなあ…)
屈み込んだ頭を抱え、カカシは重い溜息を繰り返す。
何せ今日は大晦日で、明日は正月だ。
こんな重い気分のまま年明けを迎えるのは流石に避けたい。
カカシの親友でもあるゲンマはサスケとカカシの仲を知る唯一の人間で堅い男だ。
どうも思う通りにならないサスケとの恋愛はカカシの予想を外れる事ばかりで、その都度カカシはゲンマを相談役として酷使している。
そんなカカシの我侭にも最後まできちんと付き合う彼は、カカシが言えた義理ではないが相当のお人よしだと思う。
面倒見がよく、頼りになるのは結構なのだが、少しいい男過ぎるのが気になる。
実際、二人並ぶとなかなかのお似合いで少々癪に障るのだ。
サスケに限ってまさかとは思いながら、わざわざ自分から二人を親密にする機会を与えてやる必要もないだろうとカカシは先程の泣き言を却下した。
もう一度時計を見る。
もう、他に待機を命じられていた上忍もすっかりいなくなり、とうに開放されている時間だ。
このところカカシの家を自宅のように出入りするのが常になっているサスケだが
果たして今日はいつも通り此方に帰ってきてくれるのかと、カカシは憂鬱な気分に表情を落とした。
■ ■ ■
慣れない夕暮れの道は多くの人に賑わい、サスケは難しい顔で俯いて足の向くままに歩いていた。
煉瓦の歩道が冷たく冷気を孕み、足元を冷やしてくる。
日中任務に出た時と変わらぬ服に今気付き、サスケは普段羽織っている上着の在り処を漠然と追った。
カカシの家だ。
夕べカカシの家を飛び出した時は無我夢中で、薄着のままだった。
真っ直ぐ本来の自宅へと向かい、久々に使う鍵に苛つきながら部屋に入ると、倒れ込むようにベッドで不貞寝してしまったのですっかり忘れていた。
着いて来るなと自分で言っておきながら、本当に追ってこない男の酷薄さに無性に腹が立った。
自分を本当に愛しているなら追ってくるべきなのだ。絶対。
自分がどれだけ我侭な事を言っているかなど、今のサスケにはわかる余裕がなかった。
それだけ傷付いていたのだ。
生徒達はとうに休みに入り、年末年始の用意に追われる大人達でごった返すアカデミーの廊下の中
自分の居ない場所で見せた彼の
酷く無神経な発言に。
『…だってまだ子供だろ?恋愛なんて成り立たないって』
それを見たのは本当に偶然だった。
サスケ自身も休暇中のこの時期、
連休前に返し損ねた本を返しに急いで一人尋ねた建物の一角での、大人同士の会話の一部だった。
若いくの一に班員の誰かとの恋仲を問われたのか、
カカシは笑いながらはっきりとそう否定した。
咄嗟にサスケは自分との仲を勘繰られているのだと思った。
それをはぐらかす為にカカシは敢えてそういう言い方をして、この女を誤魔化しているのだと。
確かに、カカシは自分と付き合うようになってから他所からの誘いをぴたりと受けなくなったと聞く。
それは本人にではなく、ゲンマから聞かされたという信憑性も手伝っていてサスケも疑う事無く信じている。
何より今ではカカシの生活の時間全てを把握している自分だ。他に用事を挟めば直ぐに知れる。
飲み仲間や、仕事上の同僚など
サスケにはわからない大人同士の繋がりなんて山とあるに違いないのに、カカシは常に自分にのみ時間を割いてくれる。
そんな優越感に一人頬を緩めていた自分はなんだったのか。そう卑屈に解釈できる発言だった。
あのカカシの物言いはまるで、自分との関係を架空の仲だと言っているようだ。
それでも尚、女に食い下がられて、カカシはうんざりと続ける。
『冗談!オレなんてあいつらから見ればおじさんだもん』
『そんな事ないですよ!先輩かっこいいし十分いけますって!』
『あのねえ、そんな子供相手に何真面目に考えさせようっていうの』
笑うくの一に、カカシは顔を寄せて迷惑そうな顔を浮かべた。
軽く屈んだだけで縮む距離の二人に無性に苛立った。
カカシより少し年下と思えるくの一は、サスケにも見覚えがある女だった。
任務の受付の時、それを受理する部屋にいつも居てカカシに色目を使うあの下卑た女だ。
女はクスッと小首を傾げて笑い、その笑みの質を変える。
大人の女のいやらしい微笑を見た途端、サスケの頭に血が逆流していくのがわかった。
これは、嫉妬だ。
『じゃあ、成熟した色っぽいお姉さんがお好きなんですか?カカシ先生は』
『それは…まあ、相手にもよるかな』
『何キャパシティー広げてるんですかー(笑)』
『あんまり絞っちゃうとさ、ほら。…いざという時にね』
『やだあ!』
噴き出す女の媚びたような笑い声が耳障りで、サスケはその場から立ち去った。
慌しく周囲に追われていた所為か、いつもなら気配に過敏なカカシが此方に気付いていない様子が悔しいようで、反面少しほっとしている。
もし追い掛けて来られでもしたら
きっと、この今にも泣き出しそうな無様な顔を見られてしまう。
サスケは少し頭を冷やす意味で時間を潰し、カカシの部屋へと戻った。
時間ばかり浪費したものの何の解決もできなかった苛々は、自分を出迎えたカカシの普段通りの笑顔に触発されて怒りとして込み上げてくる。
『何怖い顔してんのー。寒いでしょ。こっちおいで』
誰の所為でこんな顔をしているのかと胸の中で憂さを晴らし、わざとカカシと離れた場所へと座った。
自分の気を引こうと、ふざけて話し掛けて来るカカシが目障りに思えて仕方なかった。
こんなに自分が怒っているのに、どうしてもっと真剣に対応できないのかとカカシに隠れて舌を打つ。
要するに子供扱いされているのかと思うと急に腹立たしさが増し、むきになって無視を決め込んだ。
時間が経つ度、カカシの声は明るさのトーンを落としていく。
当たり前だ。
一人で喋り続けているのも辛くなる程サスケは冷たい空気を作り続けているのだから。
これでは流石にカカシに悪いかと思い、サスケも少しほだされ始めた。
もう少し、
カカシが此方に近寄って、ちゃんと話を聞きに来てくれたら言おう。
そう思うのに、カカシはとうとう自分に関心を失ったように遠ざかっていく。
怒らせてしまったのかと、今度はサスケに焦りが募った。
意味もわからずこんな態度を取られれば、どんなに気のいいカカシだって気分を損ねてしまうに違いない。
サスケが焦燥に身を焼き、カカシに近寄ると
カカシは何ら普段と変わらない表情のまま「ん?」と笑顔で顔を上げた。
たったそれだけの『差』が
サスケの心を苦しめる。
ほんの僅かな沈黙でさえうろたえてしまうサスケに対し
カカシからまざまざと見せ付けられた余裕が「大人」と「子供」の格差をとてつもない隔たりに感じさせた。
サスケは怒りに我を忘れ、激しくカカシをなじった。
荒れ狂うサスケに何があったのだとカカシは何度も問い質したが、サスケは頑として口を開かなかった。
こんな理不尽な事態にまで自分に本気で怒らないカカシが許せなかった。
今まで全身に感じていたカカシの優しさが
実は同等に扱われていなかっただけなのではという疑心に掻き回されて、信じられなくなっていく。
『ちょ…っ、…落ち着いてサスケ!』
『うるせえ!』
『何があったの!…それだけでいいから教えて!』
暴れる腕を掴まれ、顔を上げさせられる。
はっとかち合った視線は此処でもサスケの求めていたものと違って見えた。
サスケを気遣い、本気で心配する『教師』の目だ。
サスケの中で、大事にしていた大切な何かがぷつりと切れた。
(そんな目で心配される間柄なら、もういらない)
サスケはカカシの腕を強引に振り解くと、決して本心から出たものではない台詞を吐き捨ててしまった。
『―――アンタのそういう所が…もううんざりなんだよ!』
カカシの驚いた顔が胸の傷に突き刺さる。
一瞬失ったカカシの表情に、今の失言を猛烈に悔いた。
もう、泣きそうだった。
そんな事、言いたかった筈はない。
サスケは本当に誰よりカカシを愛しているのだ。
こんな自分を叱りつけて欲しいと思った。
何を言っているのだと厳しく体を揺すって欲しかった。
それなのにカカシは僅かに悲痛に顔を歪めただけで、取り留めて感情を乱しもしない。
もう一度伸びてきた腕に捕らえられるのが惨めで、追って来たら別れるとヒステリックな捨て台詞を吐いて家を飛び出した。
息を切らして走るのは久しぶりだった。
夜風が喉に巻きつき、冷えた喉から空咳が出る。
痛めた喉に息苦しさを感じ、漸く足を緩めて後ろを振り返るが
当然といえば当然、暗闇に滲む路地には自分を追う影などなかった。
あれから丸一日が経つのに、自分の時間はあの時から止まったままだ。
カカシの事は考える度、寂しさと怒りが交互に渦巻いてどうしていいかわからない。
こんな時でさえ、まだ探し出して欲しいと甘えている自分が居る。
それなのに、もう放っておいて欲しいと全てを投げ出したくなっているのも事実だった。
擦れ違う他人に肩を当てられ、「すみません」と謝られて浮かない顔を上げた。
向こう隣に若い女を連れた男はサスケと目が合うと、もう一度頭を下げて通り過ぎてしまう。
すっかり暗くなった街頭は人工的な灯りに支えられ、それでも多くの人手で賑わっている。
サスケは今日が大晦日で、もう直ぐ年明けだった事をぼんやりと思い出した。
数日前、カカシに年明けの時間は一緒に過ごそうと腕枕越しに囁かれたばかりだ。
そんな時間を今、こんな心情で一人で過ごす事になるなんてその時は思いもしなかった。
力ない目を足元に落とし、また足を進める。
とぼとぼと、酷く頼りなげな足取りだと我ながら思う。
華やかな人だかりは大通りを外れた辺りから客層を変え、
街の明かりが煌びやかなネオンのついた看板に変わった時には、サスケの周囲は酔っ払いの大声や変にはしゃいだOL風の女の金切り声で賑わっていた。
サスケは行き場も持たず、まともに前も見ずに歩く。
真っ直ぐ家に戻ればいいのに一人になるのが寂しくてそれもできない。
少し前から隣に着いて来ている男が歩幅を合わせて話しかけてきていた。
サスケはそれを気に留めず、無表情で黙々と歩いていく。
余りに煩いのでちらりと顔を上げると、サスケの顔を覗き込んだ男は急に色めきたって喜んだ。
カカシより少し小柄で若い、酷く軽薄そうな男だ。
別段興味も沸かず、そのまま暫く歩いていくと急に肩を抱かれて脇へと引き寄せられた。
少しよろけてしまったのは心が此処にない所為だ。
酔っている訳でも誘っている訳でもない。
辺りは何やらいかがわしいネオンで光り輝いている。
こんな街にも犬がいるのか、遠くで一つ犬の遠吠えが響いた。
寝不足に自暴自棄が重なり、周りを見る気にもなれない程疲労していたサスケは
もうどうにでもなれと男に引かれるまま頼りない足を素直に運んだ。
■ ■ ■
口元を覆うマフラーから漏れる吐息が冷えて、布地を冷たく凍らせていく。
カカシは不自然に顔を隠していたサングラスを取り払い、コートのポケットにしまい込んだ。
この暗がりの中でサングラスと帽子では、一歩間違えたら立派な変質者だ。
知り合いに会うと色々面倒なので、目立つ忍服から私服に着替えた。
この時間、この時節では何処をどう通っても知り合いだらけのような気がする。
家でずっとサスケの帰りを待っていたカカシだったが、回る時計の針の遅さに苛立ってついに家を飛び出した。
サスケの居そうな場所、アカデミー、自宅、演習場などから先に回り、少しでも可能性のある他を一つずつ当たっていく。
もし入れ違いに家に来ていたらと考え、自宅にはパックンを留守番させておいた。
余り行くとは思えない彼の同僚の家も一軒一軒訊ねて回った。
何か聞かれたらどう言い訳をしようかと策を練りながら、やはり突っ込んだ質問をしてくるサクラやナルトを無理矢理誤魔化した。
サスケが居ないとわかると、説明に費やすその時間すら勿体無い。
思いつく当てを全て虱潰しに探し、ゲンマの家にも居ないとなると後は―――と考えて、膨大な捜索地域に溜息をつく。
カカシは意を決し、人気のない路地へと身を寄せると
右手の親指の先を歯で噛み切り、地面に円状の陣を浮かべて立ち込める煙の中から数匹の犬達を呼び出した。
何故かその犬達がにやにやと笑っている気がして、カカシは気前悪く顔を顰める。
「…何よ、その顔」
「いや、別に」
「なあ」
「……頼みがあるんだけど」
パックンが呼び出された時点で犬達は事情を知っていたのだろう。
馬鹿にされているのを知りながら、カカシは下手に出て犬達にサスケの捜索を手伝ってくれるよう願い出た。
忍として、飼い主として、かなりの屈辱だ。
でもこんな用件で忍犬を呼び出す事自体が既に恥を掻き捨てている。
カカシの頼みに力強く頷くと、犬達は一番大きな犬の遠吠えに合わせて他方に散った。
犬達と自分のスキルを総動員して、カカシはたった一人の少年を当てもなく探す。
今の自分が酷く滑稽に思えたが、それよりも先にサスケの身が心配だった。
早く見つけて、先ずは謝ろうと思う。
結局どうして彼が怒ってしまったのかは判らずじまいだ。
でも、あんなに怒るには絶対自分が何か悪い事をしてしまっていたに違いない。
正直与えられた仕打ちに納得はしていないが、サスケが許してくれるならそれでいいと思った。
こうまで自分を曲げる事など今までなかった。
サスケと付き合うようになって、自分はこれほど辛抱強い人間だったのかと日々思う。
それもこれも、全てあの子を愛しているからなのだと思うと自分が自分でないようでこそばゆい。
今、心から会いたいと願う相手の位置を知らせる一匹の遠吠えがカカシの耳に届いたのは、
カカシが路地裏で犬達と解散してから僅か数分後だった。
■ ■ ■
「…それからどうする気?」
突然耳に馴染む声に呼び止められ、サスケははっと目の焦点を合わせた。
何も物質を捕らえていなかった両眼は今、サスケの踏みしめるアスファルトを鮮明に映し出す。
跳ね上げるように首を擡げると、隣には全く見た事のない男がサスケの肩をぎゅっと抱き、向こうを向いて目をぎらつかせていた。
男の向く方へと目を走らせれば、先程の声の主がじっと腕を組んだまま此方を見据えている。
普段の彼からは想像がつかない程険しい表情はサスケではなく、その隣の男に向けられていた。
「なんだテメエは!邪魔すんな!」
「…おいで、サスケ」
「ああ!?聞いてんのかよ兄ちゃん!テメエなんざお呼びじゃねえんだよ!!」
男から目を逸らす事無く、カカシは顔を引き締めたまま静かにサスケを呼んだ。
柄の悪い男はサスケを自分のものと誇示するように、細い肩を抱く腕に力を込める。
ざわりと立った鳥肌が顕著に男への嫌悪を訴え、サスケは今頃になって初めの抵抗をみせた。
急に暴れ出すサスケを押さえ込もうと、男がサスケの正面に回って来る。
その時、ふと見上げた向こうの案内板に書かれた内容にサスケはぎょっとした。
休憩・宿泊料金を表示された看板は明るくライトアップされ、今自分の置かれている状況を伝えてくる。
サスケは無意識に目でカカシに助けを求めた。
普段のサスケなら男の脇腹に肘でも打ち、さっさと一人で始末しているところだが、今はすっかり混乱していて取り得の気丈さを何処かに置いてきてしまっている。
だが、次に聞かされたカカシの一言で、サスケの自我は再び覚醒した。
「…その子、オレの教え子でね。いいから返してくれないか」
かっと火のついた怒りの導火線は忽ちサスケの頭から冷静な判断を奪い去った。
サスケは自分を迎えに来てくれたカカシを敵のように睨み付け、昨夜同様無言の威圧をかけて脅す。
―――何が教え子だ。
今まで散々人を振り回しておいて
こんなに人を甘やかしておいて
ずっと、アンタをかけがえのない恋人だと信じていたのに。
サスケは突然自分をホテルに連れ込もうとしていた男の腕を引き、建物の中に誘う素振りをみせた。
急転した事態にも直ぐに乗ってきた緩い男はサスケの態度に奇声を上げ、勝ち誇ったようにカカシを振り返りながら中指を立てて舌を出す。
途端にカカシの態度に変化が現れた。
露骨に反抗的なサスケの態度に苛立ったのか、カカシは怒りを露に表情を崩し、初めて声を荒げた。
「サスケ!!」
「…」
「何してる!…お前、自分のしてる事がわかってるのか!」
サスケも、本当にこの男とホテルに入るつもりなど更々ない。
カカシの言う事に黙って従うのが癪だっただけだ。
むしゃくしゃした気分がさせたカカシへの当て付けはそんなサスケの思惑を大きく外れ、そう簡単には事を終えなかった。
「サスケ!待ちなさい!!」
「―――ほっとけよ!アンタに関係ねえだろ!!」
腕を引っ張られ、かっとなって酷い言葉を投げつけた。
「恋人でなく『教師』であるカカシに説教されるのは御免だ」
サスケにとってはそんな意味を含んだ台詞だった。
一層怒りを増した表情を見せられて一瞬怯む。
だが、サスケの気持ちはこの程度の事で済むほど生易しくはない。
それどころかもっと、この男に自分が本気で怒っているところを見せなければと躍起になってくる。
サスケはカカシの腕を乱暴に振り解くと隣の男に体を寄せ、まるで甘えているかのように抱く腕に体重を乗せた。
ふわりと微笑むサスケの顔は隠微で、馬鹿な男はそれが演技とも知らず益々鼻を高くする。
サスケは最後にダメ押しの罵声でも吐くつもりで、男との体の隙間からカカシに流し目を送った。
「アンタなんて―――」
「オレなんて、…何」
突然、コンクリート打ちの壁を割る轟音が耳を劈き、サスケは言葉を詰まらせた。
自分達の真後ろに立つカカシが、素手でホテルの外壁を割った音だ。
一変したカカシの剣幕に畏縮した男は、幸先の悪そうな旗色の中で蒼白している。
初めて見たカカシの怒相を目の当たりに、サスケは慄いて見つめられる冷たい双眼から目が逸らせなくなっていた。
「…もう一度言ってみろ。『アンタなんて』、何だよ」
「…」
「………悪いけど其処まで人間出来てないよ、オレは」
カカシの拳を中心に蜘蛛の巣状にひび割れた厚塗りの外壁はパラパラと細かい破片を地面に撒いていく。
そのまま力を込めた拳を更にその奥まで捩じ込むと、ピシッとまた大きなひびが入って壁の亀裂を深めた。
既に戦意を喪失した男は震えていうことをきかない膝を崩し、這うようにして二人の前から逃げて行った。
そんな男に見向きもせず、カカシは残されたサスケの腕を掴むと無理矢理サスケを連れ帰ろうとする。
サスケは息を吹き返したよう全力で抵抗してみせたが、どんなに暴れても掴まれた腕を痛がってもカカシがその腕を離す事はなかった。
サスケが連れて来られた先はカカシのアパートだった。
此処までの間、サスケはずっと引き摺られるように歩き、時に人々の好奇の視線に晒されながら恥ずかしくて顔が上げられない時間を過ごした。
強く掴まれている二の腕は痛くて、指先が冷たく痺れていく。
ただ、その間一言も発しない無言の背中がカカシの怒りを切々と語っているようで
サスケは黙したままじっと此処に着くまで色々な考えを巡らせていた。
玄関のドアが開き、照明を切った薄暗がりにも慣れた体はきちんと動いた。
サスケの足は狭い玄関の土間でも上に乗り上げないようにしっかり止まる。
漸く落ち着きを取り戻したものの、これからどんな説教をされるのかと思うと気が重かった。
だが悪いのは自分だけではないのだと、サスケは言いたい事を心の中で纏め、これからのカカシとの問答に備えておく。
自分が悪い事をしたのはわかっている。
でも、ただ一方的にやり込められるのはごめんだ。
カカシが先に中に入り、サスケも諦めて脚半を脱ぐと、いきなり屈んだ体の自由が利かなくなって姿勢を大きく崩した。
カカシの手から放たれた細いワイヤーロープは一瞬でサスケの体を拘束し、無様にその身を玄関先に転がす。
「何しやがる!!」
カカシは暴れるサスケを軽々と肩に担ぐとそのまま真っ直ぐ寝室へと向かった。
渋い蝶番の擦れる音が冷えきった部屋で耳を差し、サスケの口から下品な悪口を奪い去る。
暗い部屋の中で白いシーツがぼんやりと浮かぶ様子を見て、瞬く間にサスケの顔が赤く染まった。
まさかこのままの恰好で何か酷い事をされるのだろうかと、いやらしい想像が頭を渦巻く。
カカシはサスケを乱暴にベッドの上に落とすと、身を翻し部屋の出口へと回る。
入り口付近の電気のスイッチをつけ、サスケの体を光の下に晒すと
眩しくて目を細めるサスケに手元で機械のリモコンの操作をしながら、こう冷たく言い放った。
「其処でそうやって反省してろ」
「……だ、誰が反省なんてするかよ!」
「今自分のしようとした事、…もっとよく考えな」
「!」
「―――アレはないよ。…正直」
感情のない声でそう捨て置かれ、サスケは心を切られる想いがした。
怖いとか
腹立たしいとか
あれだけ今まで頭に渦巻いていたそんな単純な感情など、一瞬で頭から消失してしまう。
今自分を見下ろしたカカシは、この惨めな心境の自分より何十倍も寂しげな顔をしていたのだ。
言葉を失い呆然とそれを見上げているサスケの前で、カカシは力なくサスケから目を逸らした。
気持ち重く見える足取りでドアに向かって歩いていくカカシに、サスケははっとして声を張り上げる。
「…待てよ!カカシ!」
「…」
「何処行くんだよ!…おい!!」
「……ちょっと出掛けてくる」
カカシは言葉少なに会話を切り上げると、それ以上は口を噤むよう部屋を出て行った。
寝室のドアの閉まる音から少し経って、今度は玄関の鍵のかかる音がサスケの耳に届いてくる。
外は、一人で思い悩む心を空っぽにしてしまいそうになる程静かで、カカシが外階段を下りていく足音まで拾う事ができた。
ひやりと降りてくる窓際からの冷気に目を移すと、ふわりふわりと落ちる白いものが少しずつ嵩を増やしながら降り始めていた。
今年、初めて見る雪だ。
カカシが部屋を出て行ってから、どのくらいの時間が経っただろう。
枕元の目覚まし時計は先週電池が切れてそのままにしていたので、見当違いの時間を指している。
ここ暫くは毎朝サスケがカカシを起こしていた。
目覚ましで起きるより快適だと嬉しそうに笑うカカシを調子のいいやつだと罵りながら、実はサスケもそんな時間を楽しんでいた。
一人になって、考えているうちに
あれだけ一方的に怒り狂っていた頭はいつの間にかすっかり冷めて、カカシの事ばかり考えるようになっていた。
同じ姿勢で転がるのに疲れて寝返りを打つと、僅かにカカシの匂いがする。
夕べ使えなかったベッドの上で
普段はカカシしか使わない枕に顔を乗せ、思い切り深く深呼吸した。
夕べ休まらなかった体からゆっくりと疲れが抜け落ちていく。
自分の家より、他の何処よりも此処の方が落ち着けるのが少し悔しいと思った。
外の雪は次第に降り積もり、窓枠に白く線が乗るまでになった。
こんな夜にカカシは一体一人で何処へ行ったのかと思うと胸が痛んだ。
冷たく冷やされた窓には霜が降りて、もう外も見られない。
こんな寒い夜なのに
この部屋の中を満たす空気は暖かく、とても優しい。
さっき、此処を出る前に部屋の暖房をつけていってくれたカカシのおかげだ。
「……カカシ…」
声に出して、此処に居ない相手を呼ぶと切なさが募ってくる。
あんな馬鹿な事をした自分を、カカシはちゃんと気遣ってくれている。
カカシはいつも、感情だけで行動に移る愚かな真似はしない。
常に自分の事を優先して考えている。
あの時だってそうだ。
あの気に食わない男を殴り、それを焚き付けた自分に手を上げて無理矢理言う事を聞かせてしまえばもっとずっと楽に事が運んだだろう。
カカシが本気になれば自分など、全力で歯向かったところで赤子同然にあしらえる筈だ。
でもカカシはそれをしない。
力で捻じ伏せてしまえば、この幼稚で気位だけが高い自分のプライドが引き裂かれてしまう事がわかっているから。
(…ずるいよ、アンタは)
結局はこうやって自分を煙に巻いてしまうのだ。
二人で声を荒げて罵り合う事もさせず、
つかみ合いの喧嘩もできず、あれだけ悩んだ関係は平行のままだ。
でも、それが自分を子供扱いしてという事でなく、単にカカシの性格だというのもやっとわかった。
あの、余裕の塊のような大人があんな寂しげな表情を浮かべたのだから
此処は子供の自分も折れてやるしかない。
「……くそ、…カカシの野郎…」
数度身を捩り、またおとなしく力を抜いた。
早く顔を見て、彼を傷つけてしまった事を詫びておきたいと思うのにこれでは何処にも出られない。
動くと食い込むように縛ってあるワイヤーがカカシの捻くれた怒りを表している。
暫く顔も見たくないと、きっとそういう意味だろう。
暫くワイヤーと格闘していたサスケの元に小さな足音が近付いてきた。
ガチャ、と回るドアノブに目をやるが、其処には誰の姿もない。
目を瞬かせるサスケに自分の正体を知らせてきたのは、どうやってドアノブを回したのかもわからない小柄な相手だった。
「やっとおとなしくなったか。小僧」
「……パックン」
「フン、手間をかけさせおって」
元々その顔を不貞腐れた顔に歪めた老犬はサスケの寝転ぶベッドの上に軽々と乗ると、動けないサスケの体の横でのびのびと体を伸ばした。
「おい、このワイヤーを外せ」
「…さて、どうするかな」
「おい!テメエ助けに来たんじゃねえのかよ!!」
「拙者の主はカカシだ。主の命令に背くには、…それなりになあ」
「わかった!何でもしてやるから!!…クソ!覚えてろ!!」
悔しそうに此方の好条件を出してきたサスケに、パックンは皺の寄る顔をにやりと歪めた。
早速後ろに回り込むと、がぶりとワイヤーの端を咥えて引っ張る。
逆に手首にそれが食い込んでくるのにサスケは堪らずストップを掛けた。
「いててててて!!(涙)」
「うーん、実によく縛ってあるな。流石カカシだ」
「適当に外そうとするんじゃねえよ!!(怒)」
余りの痛みに不本意にも涙の浮かんだ目で振り返る。
パックンは「悪い」と取って付けたように謝罪すると、先程のアレはなんだったのかと思う程手際よくサスケのワイヤーをほどいていった。絶対にわざとだ。
漸く解放された手首を擦り、サスケはむくりと起き上がる。
迷う事無く真っ直ぐとドアに向かいながら、ふと思い出したように老犬を呼んだ。
「なあ、―――」
「カカシの居場所なら、部屋を出ればわかる」
「…は?」
「早く行ってやってくれ。拙者も忍びない」
まだ何も聞く前にパックンはサスケの言わんとしていた問いに答えた。
完全な回答が得られていないサスケはパックンにその意味を問おうと口を開いたが、あっという間に小さな犬は白煙の中に消えてしまった。
ぶつぶつと文句らしい事を呟いた後、煙の向こうに消えた老犬の残像を見ながら思う。
なるほど、犬は飼い主に似ると言うがその通りだ。
結局あれだけ気を揉ませておいて何も報酬を求めて来なかったパックンに、サスケはなんとなく銀髪の飼い主の性格を被らせた。
玄関の扉を開くと、急激に何十度も冷え込んだ外気がサスケの体温を奪った。
刺すような空気の冷たさに身震いし、着込んだ上着の前を深く重ねて寒さを凌ぐ。
階段の踊り場にまで吹き込んできている雪がサスケの爪先を冷たく凍らせた。
赤く冷え切る足を前に、サスケは雪の積もる外階段を滑らないように降りていく。
ふわりと、
白く落ち続ける雪の中に踊る白煙を目に留め、サスケは踏み止まった。
不自然な煙は階下からゆらりと持ち上がっては消え、また一塊の煙となって外気に揺らめく。
サスケは手摺から下を覗き込み、その煙の上がる元を見つけて目を見張った。
「…カカシ!!」
呼ばれて上がった顔が探そうとしていた相手のものだと確認すると、サスケは足元も厭わず階段を駆け下りる。
手摺の切れ目から回り込み、階段の踊り場で雪を遮っていた場所でしゃがみ込んでいたカカシに駆け寄った。
周りの雪と若干色を違えていたカカシの足元を間近に見てサスケは驚いた。
何時から此処にいたのだろうかなど、そんな愚問さえも沸かない無数の煙草の吸殻の数が小さな山となって重ねられている。
瞬く間に目の前に現れた吐く息の白い少年に、カカシはすこし遅れて反応を示した。
「あれ?…お前、ワイヤーは?」
「……馬鹿!こんなに冷たくなってるじゃねえか!早く立て!!」
サスケに脇を抱えられるようにして立ち上がりながら、カカシは先程口寄せで呼んでおいて帰していなかった老犬の存在を思い出す。
淡白な飼い主に似ず、あの犬はこういうところで意外にお節介だ。
自分の体を支えて立つサスケに手元から立ち上る煙がかかるのを見て、カカシは無意識に指先の吸殻を地面に落として爪先でもみ消す。
また残骸の一角を増やしたそれを叱りつけ、サスケは久々に嗅いだ強いニコチンの匂いに不快な顔を浮かべた。
「…止めたんだと思ってた」
「…何?」
「…煙草」
「ああ、……うん」
「体にわりい吸い方すんな。…加減しろ」
「やめろ」とは言わないサスケに譲歩を見てカカシは笑う。
匂いを嫌っていただけだとばかり思っていたサスケの毛嫌いの本当の意味を知り、若干の勘違いを申し訳なく感じた。
なんだ、自分が思う以上にサスケは大人なのだ。
掴んだカカシの上着は氷のように冷たかった。
触れた指先など、もう体温が通っているかもわからない程。
サスケはこんなに体が冷たくなるまでこんな場所に居たカカシを矢継ぎ早に責めた。
カカシはおとなしく後ろに続きながら、黙ってそれを聞く。
余りに一方的になっていた会話にサスケが口を噤むと、階段を上り終えたところでカカシが小さく声を発した。
「……ごめん」
カカシに謝られ、サスケは怒りの相を浮かべて呆れたように振り返った。
場を纏める為に何でもいいから謝って、先ず相手の気持ちだけ落ち着かせてからいう暫定的な対策が見えてサスケの心がささくれる。
これでは折角歩み寄れたかに思えた気持ちも逆戻りだ。
それでもカカシの冷えた体を思うと、怒鳴る一歩手前で踏み留まれた。
何でもいいから早く部屋に入れと不機嫌な顔でカカシの腕を引くと、カカシはサスケの気持ちを察し、力無げに首を横に振った。
「…違う。今のはお前が思ってるような意味じゃない」
「……じゃあ、なんだよ」
「…夕べからずっと考えてたんだ。…どうして、オレ、お前をあんなに怒らせたのかって」
「…」
「でも、結局わからなかった。……それじゃお前も怒りたくなるよね」
カカシは心から申し訳無さそうに目を伏せて応えた。
黙って聞いてたサスケは何かを覚悟したよう掴んだ腕に力を入れて足を前に踏み出す。
力強いサスケの足取りによろけ、カカシも後を続いた。
サスケはカカシを引っ張り込むように部屋の中に入れると、黙ってその胸に飛び込んだ。
ぎゅっと抱きついてくる小さな体に驚き、カカシは様子を窺いながら訊ねる。
「…サスケ?」
「―――ごめん、カカシ」
「……どうしたの?急に…」
「……アンタに、こんなにちゃんと、想ってもらってるのに」
「…うん」
「ちょっとでも、…アンタの気持ちを疑ったオレが馬鹿だったんだ」
漸くまともに口をきいてくれたサスケがやっと真実を話し出すのを、
カカシは意味を取り違えないよう、ゆっくりと言葉を噛み締めるようにサスケの声を聞いた。
「アンタに、ガキ扱いされんのがすげえ辛かった。…ガキなんて恋愛対象じゃねえって、あん時オレに隠れて言ったアンタが許せなかった」
「…え?」
「アンタが、あの女に言ってた話がすげえムカついて…それで…」
気持ちが整理できず、巧く纏まらない話をサスケは思いつくままカカシに話した。
とにかく全て話せばカカシは読み取ってくれると、そう信じて。
話をしているうちに思い出してくるあの時の二人の情景や、それを黙って見ているしかできなかった自分の惨めな心情がサスケの声を震わせる。
でも、今は理解しているつもりだ。
あの時、カカシが女に向かって言った心無い一言は決してサスケの思うようなものではなかったのだと。
涙の浮かびそうになる目元をカカシが指先で撫でると、サスケは崩れそうになる気持ちを抑えて泣き顔を食い止めた。
ひくっと、喉が戦慄いて震える。
夥しい怒りはただの嫉妬になり、悲しみになり、甘えに変わっていく。
そんな全てを受け止めてくれる腕が優しくサスケの体を抱き止めた。
まだ冷たいコートの中で震えながら、その中にある確かに暖かい心に触れてサスケは顔を寄せて少しだけ涙を滲ませた。
「…なんだ、…肝心なところが抜けちゃってるじゃない」
「…え?」
「ちゃんと最後にこう言ってたでしょ。オレ」
「…」
「『相手による』って。…あれ、お前の事だったのわかんなかった?」
きょとんと丸い目を見開くサスケの顔をカカシは少し不服そうに覗き込んだ。
「知ってたよ。お前が聞いてるの」
「…」
「だからわざわざああいう言い方したのに…察してよ」
伝わっていなかったなんてショックだと、カカシはがっくりと項垂れてみせた。
意味のわからないサスケはカカシの態度にうろたえるばかりで疑問符を浮かべている。
つまり、カカシの言い分はこうだ。
サスケが遠くで見ているのに気付いて、敢えてメッセージ性の強い言い方を残したのだと。
「相手による」とはそのものズバリ。
「いざという時」とは、つまり二人の仲が公になった時の為の予防線。
そんな判りにくいメッセージを込められても困ると、サスケは切れて怒り出す。
「いてて!…だってさあ、あそこで言っちゃっていいわけ?『オレのタイプは恋人のサスケですー』なんて」
「…そ、それは…っ」
「だからって、オレわざわざ『色白で黒髪の12歳の綺麗な男の子がタイプだ』なんて微妙な回答して世間から変態呼ばわりされたくないよ」
それもそうだ。
と、サスケは初めて頷いた。
やっと納得してくれたサスケに、カカシは拗ねたように追い討ちをかけてくる。
「別に人から好きなタイプを聞かれただけでそんなに怒ると思わないじゃない、普通」
「…アンタ、ヘラヘラしてたから、…つい」
「してないよ(怒)」
「…でも、ガキとの恋愛なんて成り立たないって言ってた」
「ああ、……そんなのも聞こえてたのか」
「聞いてて悪かったな(怒)」
「違うよ。それはさあ…」
これこそ困ったなというように、カカシは少し上向いて頭を掻いた。
言い訳するならしてみろとサスケに言い寄られ、カカシは観念して口を割る。
先日、カカシはアカデミーの授業の特別講師として招かれ、偉そうな講釈を垂れてきたばかりだったのだが
その席にいたアカデミー生の女子の数名がカカシにえらく興味を持ち、カカシと将来結婚するだの何だのと大騒ぎをしていたらしい。
そんな話をすれば不機嫌になるのがわかっているからサスケには言わなかっただけの話だ。
案の定、険しい顔付きになったサスケにカカシはうんざりと続ける。
その生徒達の年齢を考慮してもらえば嫉妬になど値しないのが直ぐわかる。
「木の葉丸達とかわんないんだよ。その子達」
「……」
「…別に相手する必要もないだろ?オレだって保育士じゃないんだからさあ」
蓋を開ければ余りにもお粗末な展開にサスケは押し黙ってしまった。
自分はこんな話を大仰に勘違いして一晩悩み、あてつけに知らない男とホテルに入ろうとまでしてカカシと大喧嘩をしたのか。
知れば知る程落ち込んでいく真相にサスケはがっかりと力を無くしておとなしくなった。
もう、申し訳なさと情けなさに潰されて顔も上げられない。
サスケ、と何度も名前を呼ばれてまだ顔を上げるのを渋った。
恥ずかしいし、悔しいし、どうしたらいいのかわからない。
謝ろうと思っていた素直な気持ちは逆に何処かへ消し飛んでしまった。
いっそ不貞腐れて寝てしまおうかと思っていると、背中を抱く手がするすると下に下りていってサスケの反応を無理矢理奪いに掛かる。
「…な…っ、…カカシ…!」
「もっと早く言えばいいのにー」
「…やめ、…こら!てめえ!」
「オレがいつお前を子供扱いしたっていうの」
たくし上げた上着の隙間から入ってきた冷たい手先にびくりと体を揺すると、カカシは抗議の為に上がった顔をまんまと正面に捉え、冷たい口付けを落とした。
いきなり唇を割って入ってくる舌が苦味を持ってサスケの口の中で蠢く。
久々に味わう煙草の苦味に眉皺を寄せるとカカシは嬉しそうにサスケの口内を更に掻き回した。
息継ぎに開く唇の隙間から吐息以外の声が混じる。
鼻から抜ける甘ったれた声はカカシの欲情を煽った。
ぶるぶると震える手がカカシの上着を必死に掴んでくるのも可愛らしい。
サスケの背中を弄っていた手は熱だけ奪うようにして其処を去り、サスケの手首を掴んで自分の体の中心に導いた。
ぐっと上下に押し当てられる度固くなっていくものに目を見張り、サスケはかあっと顔を赤らめる。
まだ唇の触れる距離でサスケの呼吸を開放したカカシは、
唾液で滑る位置に唇を迫らせて唇越しに囁いた。
「子供相手に此処がこんなに固くなったら変態だよ」
「…は、離せ!馬鹿!」
「これはさあ、サスケをちゃんと大人扱いして愛してるって証拠にならない?」
「死ね!///」
「やだよ。もっとサスケとイチャイチャしたいもん」
「こ…、この変態っ!」
「どうしてもオレを変態にしたいのね、お前」
カカシは困った顔でサスケから離れると、直ぐ様その小さな体を抱き上げて肩に担いだ。
暴れるサスケを押さえ込み、揚々と進む足は真っ直ぐ寝室へと向かう。
既視感を覚えるこの光景にサスケは思わず息を飲んだ。
数時間前と同じ状況のこの行動は、明らかに今後の行方を違えている。
ドアが開いた途端ふわりと広がった寝室の空気は先程と全く違い、暖かくサスケを迎えた。
間もなくどさりと落とされたベッドの上には、やはり先程と違って今度はカカシがついてくる。
「どうしてそうなる!!(涙)」
「もうちゃんと仲直りしようよ。折角新年迎えるんだからさ」
抜いた肩から落とした上着をベッドの下へと投げ捨てられ、上体を押さえ込まれたまま唇を覆われた。
前戯もそこそこにいきなり下に手が掛かってサスケは焦る。
こうなる事は多少覚悟できていたが、煌々と点いたままの部屋の電気が気になって仕方ない。
やっと退いた唇に開放を許されるとサスケは煩わしそうに目を潜めながらカカシに促した。
「…カカシ…電気消せよ」
「いいよ、このままで」
「嫌だっつってんだろ!」
「どうせ変態なんだろ、オレなんて」
「…な、何捻くれてんだよ!馬鹿!」
いつもならわざわざ頼まなくても直ぐに消してくれるのに、今日は何度頼んでも頑なに拒まれてしまう。
どうしたものかと恥じらいに逸らしていた目を向けると、カカシは何時になく真面目な顔でサスケを見つめていた。
直ぐに首筋へと消えた顔がサスケの目に留まっていた時間はほんの僅かだったが、一瞬見せたカカシの真顔はサスケの心に強く焼きついた。
まさか、と浮かんだ唯一の心当たりに、それを今触れていいものかと悩んでいると
カカシはサスケの首に顔を押し付けながら、か細い声で訴えかけた。
「…もう、絶対あんな事しないで」
サスケの頭の直ぐ脇で握られていたカカシの拳がぎゅっと引き締まる。
顔を見せないカカシが今、どんな表情を浮かべているのだろうかと思うと心が締め付けられた。
やはりそれが原因だったのかと、どう声を掛けていいかわからずサスケは無言のままカカシの肩に手を回す。
ビクンと揺れた肩がやけに頼りなく感じた。
些細な嫌がらせのつもりだった行動がこんなにもカカシを傷つけていたなんて、あの時、自分の事しか考えていなかったサスケには全くわからなかった。
軽はずみだった自身を悔やみ、サスケは埋めたまま顔を見せようとしないカカシに素直に詫びた。
「………ごめん、カカシ」
「……オレ、…泣いちゃうかと思った。あの時」
「…カカシ」
「……そこまでお前に嫌われてたのかって思ったらさ、…なんか、情けなくて」
「そんなつもりじゃなかった。…ほんとに、ごめん」
サスケは初めて耳にするカカシの消え入りそうな声に、ぎゅっと目を閉じた。
こんなに切なく訴えかける言葉なのに、何故だか今自分はそれを嬉しく思っている。
やっと触れる事の叶ったカカシの弱音や本音が、不謹慎だが、荒くれた自分の心を満たしていく感じだ。
自分はこんなにもカカシから想われているのだという失いかけていた自信と、
じわりと心を温かくする、相手を慈しむ気持ちと
何より、自分が思っているより我が儘で子供じみたところが見えた本当のカカシが嬉しくて。
「…オレが好きなのは、これから先もずっとアンタだけだぜ」
「……うん」
「アンタにしかこんな事させねえよ。そんなの、オレが嫌だ」
「…絶対だよ」
「ああ」
やっと顔を上げてきたカカシに、照れ隠しに早く電気を消せともう一度せがんでみるがまた顔を横に振られてしまった。
サスケはこれも寂しさゆえのカカシの我が儘のひとつかと諦め、まだ余韻を引き摺る顔に自分から口付けた。
柔らかい髪の感触に触れたくているのに、腕を動かす度にもたつく分厚い上着が邪魔だ。
カカシに唇を押し当てながらコートを脱がせ、より近くに体温を感じたくてその下の着衣にも手をかける。
珍しく積極的だねと笑うのに釣られて頬を緩めた。
いつの間にか、もう先程までのわだかまりはなくなっている。
其処へ誂えたような除夜の鐘の音が二人の部屋の窓から遠く響いてきた。
静かに耳に届くそれにほっとしたよう、カカシが口を開く。
「間に合ってよかったね」
「…年越し、か」
「そうだよ。約束したでしょ」
額に、頬にと唇を落とされてサスケの表情が柔らかく変わっていった。
消え入る音の余韻を拾ううち、また次の鐘が突かれて耳の中に音を繋いでいく。
除夜の鐘を誰かと聞いた記憶など、もうとうに失っていた。
今はただ、こうして重なり合う体が嬉しくてサスケはカカシに縋る腕に力を込める。
優しく触れ合っていただけの唇の愛撫が激しいものに変わる頃には、その鐘の音もすっかり耳になど届かなくなっていた。
うつ伏せにされていた体を返されて、まともに目に入ってしまった部屋の明かりが眩しくて目を瞑る。
眼球の表面を覆う涙に照明が反射され、目を閉じた後もぱしぱしとした光が瞼の奥で瞬いた。
覆い被さるように前傾してきたカカシが影になり、サスケは顰めていた眉間からゆっくりと力を抜いた。
引き締まった上半身を翳らせたカカシをまともに見て恥じらい、サスケはぱっと横に目を逸らす。
赤くなっていく顔をからかうとサスケはいつもの元気の影もなく腕で顔を覆った。
不器用に吐き出す呼吸は酷く荒い。
まだ、繋がっている下部から続く感覚がサスケを掻き回している所為だ。
「なんで隠すの」
「…ぅ、…」
「見せて」
「…嫌だ……あ…っ」
「恥ずかしい?」
そうと知っていて聞いてくるカカシに腕の隙間から赤らんだ目で睨む。
こんなに明るいところでするセックスは初めてで、どうにも勝手が掴めなかった。
全てを光の下に晒されるのが嫌で、散々掛け合った末、上の服を脱ぐ事を拒んだ。
そんな小さな抵抗をしても結局捲り上げられてしまうのだから意味など全くない。
「今更隠そうとしたって、もうサスケの体で知らない場所なんてないよ」
「……だったら、今更見るなよ!」
「オレしか見てないんだからいいでしょ」
「……やだ…っ」
「ねえ、ちゃんと見せてよ」
「…ふ…」
「サスケがオレに感じてくれてるところ、見たい」
ぐいぐいと引っ張って伸ばす服の裾を掴む手を優しく掴み、カカシはゆっくりと上げさせた。
濃紺の布地の下には薄く影を落とした陶器のような純白の肌。
更にその下方には、未だ続く快感に打ち震える小さな性器が先を濡らしながらしっかりと上を向いている。
ひくりと揺れたそれが腹の上を滑ると、新たにぽたりと落ちた透明の粒が艶やかに白い腹の上に溜まった。
その場所に視線を感じて、サスケは赤い顔を更に顰めて泣きそうな顔で羞恥に堪えていた。
これを見られたくなくて強請った後ろからの体位だったのに、もう何度も一人でイカされて膝が立たなくなってしまってこの有様だ。
ただでさえこんなに恥ずかしい思いをさせられているのに、カカシはわざわざ嬉しそうに顔を寄せてきた。
「可愛い、サスケ」
「……う、…っ」
「ありがとう」
カカシはサスケの太股を下から掴み上げ、ぐっと腰を入れた。
急に大きく揺らされて強く閉じた瞼から込み上げてきていた涙がぽろぽろと落ちていく。
誰も知らないこんな可愛いサスケの姿を独り占めできるという自分だけの特権を味わいたくて無理を言っただけなのに、泣かれてしまっては後味が悪い。
それが意味を違えた涙だとわかってはいても、どうにもサスケの涙には弱いのだ。
「ほら、…これなら見えないから大丈夫」
「…あ、…う、んっ…」
「ごめんね、もう泣かないで」
「あっ!……ソコ、やめ…っ!」
「嘘。…サスケ、こうされるの好きでしょ」
カカシはサスケの体の両脇に腕を突いて体を密着させ、ゆっくりと奥を突いた。
サスケはカカシの肩に顔を押し付け、行き過ぎた快感に堪え切れず控えめな声で喘いだ。
ゆっくりと奥で抜き挿しする時に神経ごと感覚を引き抜かれそうになり、快感を追ってつい腰が揺れてしまう。
自分の腹とカカシに挟まれて擦れる半身への中途半端な刺激が益々後ろから受ける感度を上げていった。
徐々に高められていく熱がサスケの息を切らし、羞恥の枠と理性を狂わせていく。
抑えきれない声が大きく張り上げられてカカシの肩で跳ね返り、耳元で反響した。
カカシにも聞こえただろうと一瞬恥じたが、この姿勢では今カカシがどんな顔をしているのかも見えない。
「…あぁ、…あっ、や、…っ」
「此処、好き?」
「や、やだ…っ!…そこ、ダメ…ッ」
「抜くのがイイの?…こう?」
「ひゃ…あっ!……あ!」
ぶるりと背筋が戦慄き、二の腕が粟立った。
ゾクゾクと襲う連続した震えに耐え、カカシの肩に爪を立てる。
「イキそう?」と聞かれて何度も頷いた。
内股が引き攣れ、ぴんと張った足が勝手に動きそうになるのを指先を丸めて堪える。
意識全てが体の中のそれに向いていて気を逸らそうとしても叶わない。
敏感になった耳の鼓膜までも濡れた挿入音や自分の恥ずかしい嬌声ばかりを拾ってしまって拍車をかけてくる。
この感覚ではもうそう長くない。
サスケの弱い場所は知っているから、合わせやすくて都合がいい。
そろそろ自分も限界が近かったので実は其処ばかりを狙っていた。
大きく腰を動かしたくて体を起こそうとすると必死にしがみ付いている腕がそれを拒んでくる。
甘える腕が可愛くて引き止められてやるが、もうお互いにきつくなってくる頃だ。
「…このままがいいの?」
耳元で訊ねると、可愛らしく声が上がる。
覗き込めばひとつも余裕のない顔を見せられて、カカシは仕方なく頭を抱いたまま腰を打ちつけた。
こんな時のサスケはもうどんな我が侭も可愛くて仕方がない。
早まる律動にサスケの息が荒くなっていく。
ドキドキと、耳に届きそうになる程に高鳴る心音はこのまま壊れてしまうのではないかと心配になる程。
食い込む薄い爪が戦慄きながらずり落ち、カカシの肩に鮮やかな朱を引いた。
「…あ、あッ、……イク…ッ!…」
「……ん、…いいよ」
「………あ…ッ―――…カカシ…ぃッ、」
ぐっと腹の底を突くカカシの腰の動きに合わせるよう、腹に熱い飛沫が掛かったのとほぼ同時、
ぎゅうっときつく締まる中の動きに堪らずカカシも眉を顰めた。
サスケの頭を強く抱きながら、カカシも最奥に向かって放つ。
びくびくと痙攣する内部に包まれながら二度三度と残りを吐き出し、
不規則に締め続ける肉壁が余韻を閉じ込めると、カカシは数拍置いてから漸く重い一息をついた。
幾分醒め、思考が巻き戻しされると同時に耳元に掛かるサスケの苦しげな呼吸にカカシの頬が染まる。
想いに反して気持ちが逸り、最後少し無理をさせたかもしれない。
耳に残る甘い声に目を眩ませ、カカシはやるせない想いにまだ呼吸も整わないサスケを無理矢理上から抱きしめた。
「…待っ…、…苦し…!」
じたばたと暴れる腕の中の体に掛かる荷重はまるで嫌がらせのようで
サスケは残り僅かな全力を振り絞ってその重みから這い出した。
僅かに開いたカカシの胸と腕の隙間に腕を刺し込み、大きく深呼吸する。
項垂れた頭と共にでかい図体が再び力を無くして押し潰しにかかるのを食い止め、サスケは踵を脛に打ち付けた。
「…テメ…、…何すんだ!」
「………だってさー…」
「…ん…?」
安定した気道を確保し、漸く落ち着きを取り戻したサスケはカカシの不思議な表情に不穏の色を浮かべた。
歯切れの悪い返答にサスケの沈黙ばかりがささくれ立ってくる。
まだ僅かに荒い呼吸の中にひとつ咳払いを聞かされ、カカシは溜息混じりに重く口を開いた。
「…そりゃ、お前…」
(惚れた相手からあんなやらしい声で名前呼ばれちゃったら…、誰だって)
終盤狂わされた理由にもなる出掛かった本音を言い澱み、相手の性格を考慮して切り捨てた。
そんな事を言ったが最後だ。きっと殺される。
逃げ道を探そうと目をやれば、余り気の長くない恋人は既に苛付いた目で此方を見据えていた。
「だから…なんだよ」
「…お前が可愛いからだよ」
「…」
「不満?」
「…なんか、ムカついた」
「なんでー」
そう遠くない回答を選んだつもりが機嫌を損ねてしまった。
相変わらず難しい子供だ。
ふいと横を向く至近距離の顔に鼻を摺り寄せて甘えてみせる。
こんなに近くから見ても整った顔立ちに満足しながら毛穴も見えない程つるりとした肌の感触を楽しむと、
黒々とした繊毛に唇を寄せた時にふふっと微笑む口元が見えた。
伏せた睫毛の先が上向いている。
驚くほど長い。
「…いいから早く電気消せよ」
「ねえ、…消したらもう一回してもいい?」
「はあ!?///」
「なんか…まだ全然収まんないんだけど」
この包み込まれる暖かさから離れるのを惜しんで未だサスケの中に陣取っているものがどうにもおとなしくなってくれる気配がない。
当然サスケもわかっているようで、改めて口に出されて顔を真っ赤にして狼狽した。
主張するよう軽く揺すると更に膨張する中身に甲高い声が出る。
慌てて口を塞ぎ、掻き消すようにわざとらしい咳をしてみせた。
確かに、声はもう枯れてきている。
「……待…っ、…んっ///」
「…ほら、…ね?」
「動かすな!!(涙)」
「…あ、今締まっ…」
「こ、…この変態!!!///」
こうやって、
ちょっとくらいの揉め事は冗談めかしてすかしてしまうのを取って「子供扱い」と思われているのだろうかとカカシはぼんやりと考えた。
でもこんなやり取りを子供として扱われていると受け取られるのは少し納得いかない気がする。
結構ちゃんと向き合って、本気で恋愛しているつもりなのに。
現にこんな率直な愛の表現にサスケは今日も反抗という形でしか返して来ない。
これも性格。
気にしていないと言えば嘘にはなるけれど。
(…まあ、ちゃんと愛されてるのは知ってるし)
直ぐにはさせて貰えなそうな二回目を諦めて、カカシはサスケをすっぽりと包むように上から抱き直した。
今度は抵抗してこないサスケに頬を緩め、汗で湿った体が冷える前に肩まで布団を被る。
カーテンを閉め忘れた窓から雪に反射した灯りが差し込むのを見て、これなら電気も必要なかったなと思う。
少し寒かったのか、腕の中でぶるりと震えた体を慈しんでお望み通り灯りを消した。
「サスケ」
名を呼ぶと、少し眠そうにしていた顔を上げてサスケが目だけで応えてくる。
カカシは言い忘れた大事な一言をそっと布団の中で告げた。
「あけましておめでとう」
「…おう」
「今年もよろしくね」
「……こちらこそ」
これで、去年の喧嘩は全部水に流してしまおう。
初めての喧嘩は少し刺激が強すぎてお互いに大変だったけれど
今年はきっと、喧嘩ももっと上手にできるようになるだろうから。
【end】
楽天・50万打記念配布文。
ご愛顧ありがとうございました。
2008.1.6 ミツギカヨ
私のサイトで、こんな素敵なものをUPしても良いのでしょうか・・・。
カカサスの方なら知らない方はいないというほど有名な「楽天」のミツギカヨさまからこっそりと貰ってきました(・・・)
50万HIT記念フリーということで、勇気をだして・・・。
言葉に言い表せれないほどの素敵な文章を作り出す方で、憧れて憧れてやまない方です。
こんな所でごめんなさい。50万HITおめでとうございますv
2008.1.31.
小鳥由加子