いつも通りの朝だった。
ただ、違うのは頭に感じる痛みだけ。
こめかみに手を当てれば、気休め程度にはなる気がした。




しーのまほう




「いってらっしゃい。気をつけてね。」
「・・・はい。」

イタチを玄関まで送り届けると、大きなため息をミコトをついた。

頭痛を家族に気づかれまいと懸命に振る舞っていたが夫と長男を送り届けた直後、さらに酷い痛みにミコトは襲われてしまった。
今度は軽いため息をついてから、玄関から居間へとゆっくりと移動する。
目に入ってきた、先ほどまで朝食を摂っていたちゃぶ台では、サスケが一生懸命を汚れた部分を拭いていた。
お手伝いはサスケが今夢中になっている事の一つだ。

(困ったわ、まだ食器も洗ってないのに。洗濯もしなきゃ。買い物にも行かなきゃ。)

考えるのは、今日1日の家事の事。

私ったら、主婦の鏡だわ、とミコトは苦笑した。

(とりあえず、横になろうかしら。)

ミコトはもう一度軽くため息をついた。
ふと視線を感じれば、サスケがクリクリした目をこちらに向けている。
ミコトが「サスケ?」と名前を呼ぶ前に、サスケはその小さな桃色の唇を開いた。

「かあさん、どこかいたいの?」

周りの子より確かに成長が早いけど、こんな事にも気づいてくれるなんて。
ミコトは微笑んだ。

(少し痛みが引いたと思うのは、さすがに現金かしら。)

フガクもイタチも気づいてくれなかったのに。
ミコトはサスケの所へ行き、膝を折った。
サスケのおでこと自分のおでこをくっつけて、微笑む。

「大丈夫よ。ただ、かあさん少し横になっていいかな?サスケ君、一人でご本読んでてくれるかな?」
できるかな〜?

ますます笑みを深くして問いかければ 、

「できるよ!」

と元気に返される。
その声の大きさが頭に響くなんて、全然気にしない。

もちろん、サスケからは心配で離れれない。
寝室から枕と毛布を持ってきて、サスケが本を読もうとしているそのすぐ隣にゆっくりと横になった。

(少しは、治ると良いんだけど。)

できるだけ薬には頼りたくはなかった。
数時間後には頭痛が治まる事を願って、ミコトはゆっくりと瞼を閉じた。

ミコトはすぐに酷い眠気に襲われた。
それでも、寝ているけれど寝ていない、酷く困難な事をミコトはしていた。
頭のどこかで周りの事を気にしている。
任務中に仮眠を取る忍がする睡眠方法だ。
深い眠りはできないが、周りの声なども頭の中に入ってくるため状況確認ができるのだ。
いくら育児休業中だとしても、まだまだ勘は鈍ってなんかいなかった。
特に、優秀な上忍であるミコトにとっては酷く簡単な事だ。

頭痛は早く治したいが、まだ幼児のサスケをほおっておくわけないもいかないのだ。
誰かサスケの事を見てくれる人がいれば良いのだが、生憎そういう人もいなかった。

カチコチという時計の音が、部屋を支配し始めていた。
隣ではサスケが本を読んでいるが、いつもは朗読しているのに、今日は黙読しているようだった。

(もしかして、私の事気づかってくれてるのかしら。)

うっすらとそう思う。
なんだか申し訳ないような、嬉しいような微妙な気持ちにミコトはなった。

しばらくはそのまま時計の音だけが聞こえていたが、カタン、カタンと縁側に何かが降り立った音が聞こえる。
即座にミコトは何が起きたのかを考えた。

(音の大きさ、立ち振る舞いからして… デンカとヒナかしら? )

うちは一族が代々使っている武器屋の忍猫であるデンカとヒナが、注文していた物を持ってきてくれたのだろう。
そういえば、フガクが新しい刀を頼んだと数日前に言っていたのをミコトは思い出した。

「デンカ、ヒナ、しーだよ!」

サスケが内緒話をするように、小さな声で喋っているのが耳に届く。

「ミコトはどうしたフニイ」

「いま、ねてるから!しー、だよ!」

「そんな事言われても困るにゃー。フガクの刀ができたからもってきたんだにゃー。」

「おこしちゃだめだよ!」

必死なサスケの声を聞いて、ミコトは心が温かくなった。
体調が優れないミコトのために、起こさないように気を使ってくれているのだ。

(う〜ん、でも、デンカとヒナが可哀想だわ。やっぱり起きようかしら。)

と思ったが、「しょうがないフニィ」と、 「わかったにゃー」の言葉にやっぱり辞めてしまった。


デンカもヒナも、サスケと仲が良かった。
『子供は嫌いなんだにゃー。』、『なんで坊やと遊ばなきゃいけないんだフニィ』なんていつも言ってるが、本当は二匹がサスケに遊んでもらってるのだ。
何か武器を届けにきてくれたときは、いつだって一通り遊んでもらってから猫バアの所へと戻っていく。
可愛い猫と愛息子がはしゃいでいる姿はなんともほほえましかった。
サスケを挟んでデンカとヒナ、一人と二匹でお昼寝しているのを見たときは、あまりの可愛さにすぐにカメラを構えた。
興味ないふりをして、本当はフガクもお気に入りの一枚だ。

(お言葉に、甘えさせてもらおうかしら。デンカとヒナが来てくれたなら、深く眠っても良いかなぁ。 )

サスケを一人にしておくのは心配だったが、デンカとヒナが一緒にいてくれるなら大丈夫だろう。
(いくらサスケに遊んでもらってるとしても)デンカもヒナもれっきとした忍なのだ。

(ごめんね、デンカ、ヒナ。頭痛が治ったら、とっておきのねこまんま作ってあげるからね。)

そう思い、意識をシャットダウンさせる。
すぐに深い眠りの中へと、ミコトは落ちていった。



ミコトが深い眠りに入ってからも一人と二匹で大人しく本を読んでいたが、突如サスケは何か閃いたような顔を二匹に見せる。

「ほかにもおねがいしてくる!」

勢いよく立ち上がったサスケは居間に置いてある黒電話機の所に行き、先ほどのように「しーだよ!」と電話機に伝えた。
そんなサスケを見てデンカもヒナも笑いを堪える。
大好きな母親のために一生懸命行動する姿は微笑ましいが、子供のする事は面白い。
次いで洗濯機の所まで走って行き、またもや「しーだよ!」と伝えている。

サスケの走り音の方がうるさいにゃー。(フニィ)とは、サスケがあまりにも一生懸命なので言わないでおく優しさを二匹は見せた。

「まだ、ほかにもなにかある?」

電話機と洗濯機にお願いして、居間へと戻ってきたサスケは真剣な顔でデンカとヒナに問いかけた。
それを見て二匹は顔を見合わせ笑いを堪えながらも口を開く。

「玄関の呼び鈴とかもうるさいフニィ。」

「あ、ピンポンだ!おねがいしてくるね!」

注意してこなくてはならないものを教えてもらい、サスケは嬉しそうに両手の掌をパシンとあわせ、玄関へと走っていく。

「しー、だよ!」

さっきまでは大きな声を出さないように気を使っていたのに、もうそのことは忘れてしまっているのだろうか。
玄関でサスケが叫んでいる声がこちらにまで聞こえてきた。

「サスケはやっぱりバカだにゃー。」

「子供だフニィ。」

サスケが居ないのを良いことに、二人は声を上げて笑い出した。
もちろん、ミコトが起きないように気は使っていたが。

「もう、これでだいじょうぶ?」

一通り「しーだよ!」と叫んできたサスケの不安そうな声が二匹に聞こえる。

「大丈夫だと思うにゃー。」

「掃除機にもテレビにもしたフニィ。あとは多分ないフニィ。」

「そっかー。よかった。」

ほっと胸を撫で下ろしたサスケは、二匹の前に座った。

「あ、にわにねこじゃらしはえてるんだ。とってくる!」

そう言って、また立ちあがったサスケは庭へ出るために縁側へと向かおうとした。
すると突如、けたたましい電話の呼び出し音が鳴り響く。
一人と二匹はビクリと体を揺らした。

どうして?ちゃんとお願いしたのに!

そんな想いを顔に滲ませたサスケが、急いで電話機の所へ向かう。

「しー、だよ!」

唇に人差し指を当てて、ジャンプしながらサスケは電話機へと叫んだ。

「しだってばぁ!」

それでも変わらず鳴り響く電話に、サスケは焦っていた。

(しょうがないフニィ。)

(取ってやるにゃー。)

必死なサスケを見てため息をつくと、デンカとヒナは受話器を外そうと電話機へと近づこうとする。
しかしそれより早く、おでこに手を当てながらゆっくりとミコトが起き上がったのが二匹の目に映った。

「・・・サスケ?」

ミコトの掠れた声がサスケの耳に届いた。
泣きそうな顔で振り向いたサスケは、その声でミコトが起きてしまった事に気づく。

「しなのに・・・。」

上着をギュッと両手で握りながら、泣き声でサスケはミコトに伝える。
キョトンしていたミコトはその意味が判った瞬間、愛しそうに微笑んだ。






****************






お昼ごはんを食べた後、疲れて昼寝をはじめてしまったサスケに、可愛いクマがプリントされている子供用の毛布をそっとかけた。
前髪にそっと触れながら心の中でお礼を言う。
頭痛は、もうなくなっていた。


「サスケは子供だフニィ。」

「ミコトは大変だにゃー。」


からかっているような言葉に、二匹を振り返って見る。
ミコト特製のねこまんまを一生懸命食べていた二匹が目に映り、ミコトは目元から深く笑った。


「可愛い私の息子よ。」

それにまだまだサスケは子供です。


そう言うミコトの声は少しすねた母親の声をしている。
イタチが幼い頃から落ち着いていたから、二匹にとってはサスケが子供すぎるように感じているのだ。
でもそれはミコトに言わせればイタチが大人すぎたのだけど。



ミコトは口元にそっと人差し指を当てる。



「デンカ、ヒナ。しー、だよ。」




ミコトの幸せそうな声と、サスケの穏やかな寝息があたりにそっと響いていた。






end.







やりすぎましたすみません(笑)

思いっきり某社CMのパロディです・・・(汗)
あのCMが凄い好きで・・・、可愛いですよね。
でもこれって大丈夫なのかな・・・、かなり不安です(ドキマギ)

ちなみに、デンカとヒナってどっちがどっちなんですか?(笑)
調べても判らなかったので、直接的な表現はやめました。
二匹一緒に動かしてます・・・。
それにしても、私ってばデンカとヒナ何歳の設定にしてるんだろ(大笑)
そこらへんは気にしないでくださいv忍猫なので長生きなんですきっと・・・。


キャラ変わってますって方は、この小説を読んだ後に25巻を読んでみてください。
本当に幼児サスケもこんなことしてそうな気分に陥ります。
まちがっても前後に二部サスケを見ない方が良いかと思いますすみません・・・(笑)

まぁ私もキャラ変わってるって分かってますけどね・・・!!(笑)←わかってなきゃまずい。


2007/10/15
小鳥由加子