蒸し暑い日が続いていた。 肌をジリジリと焦がす光が、身体の奥まで浸透してきているような錯覚を起こしている。
体中の毛穴から汗が吹き出る思いがした。
川の流れる音が、気休め程度に暑さを和らげる気がする。

「あっついね…」

木の上に座ってカカシはポツリとつぶやく。
その呟きは口布にのって消え失せてしまった。

先ほどまで辛い演習を行っていた下忍第7班は、お待ちかねのお昼休みへと突入していた。
景色がぼやけて見えてしまうほどの熱さの中での演習は、逃げ出したくなるほどやっかいなものだ。
通気性抜群の忍び服のはずだが、この服のせいで余計に暑さが酷くなっているような気さえする。


それでも、先日の依頼よりは間違いなくマシだろう、とカカシは思う。


二日前にある国から依頼された任務に、下忍第7班はほとほと疲れ果ててしまっていた。
任務自体は、対したものじゃなかった。某国の大名家の膨大な庭の掃除、ただそれだけだった。
その簡単な任務に、最初は「もっと面白い任務が良い。」「つまらない。」等の非難をカカシは受けていた訳だが、いざその国に近づくとそんな文句も何も出てくることはなかった。

火の国もかなり苦しい夏を迎える地域だったが、その国はそれ以上に酷い温度を持った所だった。
その国周辺から気温が徐々に上がっていっていた。
足を進める毎に汗が吹き出る感覚に、いつしか「あつい」という単語しか誰もが発さなくなってしまっていたほどだ。
そして、その国に足を踏み入れた瞬間、頭が眩むほどの熱気を感じたのだった。


実は、今までの任務の中では最高位に嫌な任務だったかもしれない。吹き出る汗を手で拭うことすらも億劫な時間だったかもしれない。
その任務から開放された時は、流石のカカシも胸を撫で下ろしたように息を吐いた。


その日の夜からだった、サスケを思いもよらなかった出来事が襲ったのは。



可哀想に、とカカシは思う。


フと目線を斜め下に向ければ、ズボンを太ももまであげたサスケがサラサラと音を立てて流れる川に体を預け憩っているのが見えた。
うっすらと見える肌は、真っ赤になっていて、とても痛々しい。

この蒸し暑い中、サスケは七分丈のズボンと上着を着ていた。
昨日からそれを着てきた時はナルトもサクラも、街の人々も、目を丸くして驚いていたものだ。
どうしたのかと問いかけるサクラ達に、「日に焼けたらしい。」と、若干潤んだ目でサスケは言った。
少し見える腕も足も赤くなっており、赤く熱をもつ日焼けの種類であるサンバーンを起こしている状態だという。
一般に、色の白い子に起こりやすい焼け方だと知って、なるほどな、とカカシは思った。
サスケは、少年でありながらもとても色が白かった。
真っ黒の髪と、それに正反対な白い肌は、彼の魅力を一層際立たせてた。
自分よりも色の白いサスケを見て、サクラが恥ずかしいと言っていた事もあった気がする。


「・・・っ。」

肌がますます日焼けしてしまわないように七分丈の服を着て全身を服で守っているようだが、服がすれる度に酷い痛みが走るらしい。
時折痛そうに顔を歪めているのをカカシは知っていた。。
それを痛々しいと思う反面、頬を日焼けにより赤く染めている姿に甘美な魅力を感じてしまう自分がいるのに気がついた時、カカシは罪悪感に苛まれた。

「サスケくん、大丈夫?」

サスケと同様に川に入っていたサクラは、サスケが少しでも楽になるようにと水をすくってサスケにかけている。

「すげー、いてー。」

珍しく弱音を吐くサスケによって、それがどれほど辛いものなのかが理解できた。
毎年日焼けすると赤くなってしまうらしいが、今年ほど真っ赤になった事はないという。
まさか依頼で行った国が、あんな熱帯地だとは思いもしなかったらしいのだ。




「知ってるなら、教えろよな。」

昨日の夜、水に濡らしたタオルを体にくっつけながら拗ねた顔をしていたサスケをカカシは思い出す。

「こんなになるなんて知らなかったんだよ。」

サスケの右腕に冷却シートを貼って、カカシは困ったように答えた。
悔しそうに睨んでくるサスケのおでこには、同じように冷却シートが貼ってある。

「赤いの、治るまでは何もできないね。」

「うすら・・・。」

サスケの日焼けが治るまでは、そういった意味で体に触れる事なんてできるはずもない。
それでも、サスケに触れたいという欲求は増えるばかりで、どうしたものかと頭を抱えていた。

痛みに濡れた瞳、太陽によってやけどした赤い頬。
このくらいなら良いか、と吸い付くように唇に触れれば、ますます濡れた瞳と赤くなった頬が見えた。

「いってーよ・・・。」

俯くサスケに、カカシは声を出して笑った。




「少しは楽になってきてるのかってば?」

サクラ同様にサスケに水をかけてやっているナルトが、彼らしくない声で尋ねていた。

「昨日よりはマシだな。」

口元を震わせながらサスケはそう言った。
痛みに歪む顔を間近で見て、サクラもナルトもさらに早く多くの水をかけはじめている。
こんなに弱っているサスケを見るのは、サクラもナルトも辛いのだ。

「カカシ先生も、少しは水かけてやれってばよ!」

ぼんやりと木の上に座っていたカカシを、ナルトは指を刺してどなり、次いでサクラも「そうよそうよ!」と声を荒げた。
サクラはともかく、いつもサスケといがみあっているナルトがサスケの為に一生懸命なのがカカシにとって、とても興味深い事だった。

(こうやって、仲良くなっていければ良い。)
口元に手を当て、カカシは頬を緩めた。

「あぁ、今行くよ。」

軽やかにサスケの近くに降り立って、手皮を外す。

「あんたは良い・・・。」

眉間に皺を寄せたサスケに、カカシは苦笑した。
そっと右腕に触れれば、やけどによる熱さと、水による冷たさを兼ねそろえている不思議な温度が伝わった。

「いってーからさわんな。」

「悪い悪い。」

カバンからタオルを取り出して、水につけた。緩く水を絞って、サスケの目元に当てる。
タオルの水が、サスケの顎を伝って落ちたのを見て、ナルトとサクラの頬が少し赤くなっていた。

(サクラはともかく、なんでナルトも赤くなるのよ。)

カカシはぎょっとして、一抹の不安を胸に抱く。
仲が良くなれば良い、とは思ったが、まさか自分が気づかぬうちにそれ以上の感情を抱いているのではないだろうか。
もしナルトまでサスケにそんな感情を持っていれば、なんということだ、七班全員がサスケに想いを寄せている事になるではないか。

(この子には、元来そういう魅力があるのかもしれない。)

目が覚めるように容姿と、それに激しくマッチしないキツい言葉を羅列する口。
ぶっきらぼうの癖して、本当は誰よりも優しいやつだ。

(こんな子が、もてない訳ない、か…。)
カカシは、心の中でガックリと肩を落とした。
生暖かい風が、そっとあたりに漂う。
両足を、両手を水に濡らして、風に靡く髪も幾分湿っているサスケを見つめていると、雰囲気で察したのだろう、それに気が付いた彼ははっとしたように俯いた。
そんなサスケを見て一体何を思ったんだろうと、カカシはキョトンとしたがすぐに優しい笑みを浮かべた。
子供らしいサスケの反応を微笑ましく思ったのだ。


額宛の裏には実は冷却シートが張ってあるなんて知ったら、心配しているサクラもナルトも笑うかもしれない。
昨日見た冷却シートを貼っているサスケはなんだが可愛かったと、カカシは噴出しそうになるのを必死で抑えた。


水に濡れた唇を、ぼんやりと見つめる。
フと、サスケは太陽に焦がれて、サクラとナルトはサスケに焦がれているのかもしれないと、カカシは思った。


そうだ、少なくとも自分はサスケに焦がれているのだ。





「あっちーぜ・・・。」


目元に置かれていたタオルをカカシから受け取って、サスケはポツリと呟いた。


相変わらず太陽は燦々と耀き照り続けている。
まばゆい陽光に、カカシはそっと目を細めた。


end.

特に意味のない話です。
まぁ、あの子は絶対日に焼けない体質じゃないかなぁ、と・・・。
半分は友人の実話です。真っ赤になって凄いかわいそうでした。
休み時間には水道にいって皆で水をかけてあげたのでした。

サスケの焦がれるは→火に焼けて焦げる。(笑)で、
カカシの焦がれるは→深く恋い慕う。

です。かけてんです、わかりずらいですね。

ちなみに、冷却シートとはまぁ「冷え○タ」だとか、「熱冷ま○ート」と同じやつです。
額あての裏に冷却シートネタは、他の小説に使おうと思っていたので、また使うかもしれません・・・。
地味に気に入っている設定なのでした。

2007/11/03

小鳥由加子